yuriマガジン

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私が今では珍しい高校の家政学科で学んだこと

こんにちは。


今日は私の高等学校時代、家政学科で教えてもらった基本のことについて書いていきたいと思います。

まず、私の高校について。
当時は偏差値30台の私でも、欠席日数が多い訳ありな学生でも入学できる地域では最後の砦的、なにもかもギリギリ最低ラインの学校でした。


そんな高校でしたが、家政学科に無事入学。
1クラス生徒26名弱の2クラスと普通科30名1クラスの編成。


卒業する頃には普通科家政科ともに20名弱まで激減。
退学理由は成績不信、妊娠、中絶など。

これだけ聞いただけでも恐ろしい現実ですね。



私はぬくぬく、温室で育ったので
ここしか公立では選択肢がなく
入学したあとが大変で唖然とする日々が続くのです。



バリバリのギャルかオタクインテリ系しかいない学校。



そんな学生生活の中、もともと勉強は嫌いではなかったので
校内だと成績は優秀クラスでした。笑

それが引き金となり、私はクラスからいじめの対象となるのです。

友達という友達は一人もできず
お昼はいつもトイレで食べるか階段の踊り場で食べていました。


真面目さや頭の良さが仇となるなんて皮肉です。

グループ学習もありましたが、1人グループを作れずに完全孤立していました。


私は悔しさと憤りが限界を超え、2年目の夏、担任と母親の前で初めて学校辞めたいと口にしました。
高校卒業しないで、あとで高卒検定を受ける覚悟までしました。
とにかく毎日がつらかったです。



それでも家政科ならでは。
授業は割りと楽しく受けられました。
裁縫でいろいろ作成したり、音楽での歌のテスト、
保育園での課外学習、家庭科で調理検定1級を取得したり。
部活動では、バドミントンを先輩1人しかいないなかで習ったり。





担任の先生は私にどうにか粘って卒業してほしいと言って勇気づけて下さりました。





そのときいただいた御言葉。

今は辛くて大変かもしれない。
でもあと半年もすれば卒業に向けてみんな意識が変わり始める。ぬくぬくは今だけ。

人生長い目で見てみたら、今はほんの一時に過ぎない。
この選択によってこれからの未来が天変地異の如く大きく変わることになる。
たった半年の間、今だけその一瞬の迷いによってゆりくまさんの5年10年後の未来が変わることになる。人生は長いのよ。
それでひっくり返されちゃうのはもったいない。
ここまで頑張ったんだからあと1年だけ、頑張ってみませんか?
ゆりくまさんなら大丈夫よ。
嫌なことばかりじゃないでしょう。



あー今思い出すだけでも泣けます。
しかも未だこんな鮮明に覚えているなんて。


このお陰今のゆりくまがいます。




進学する時も、先生は頑張った私に指定校推薦を下さりました。

しかし、私の第一志望がまさかの落選。

推薦だからと対策を考えず緩く甘えていた自分への罰だと思いました。


まさがの展開に地獄だった私でしたが

そのとき担任先生は前代未聞、指定校推薦でもう一度枠の空いていた学校を受けるチャンスをくれたのです。




無事合格をいただき、私は晴れて看護学生となるのでした。




高校3年生の合唱コンクールでは
ピアノの伴奏をやりたいと自ら名乗り出てたことも。
今まで緊張するから逃げていたことも、最後の思い出に頑張りました。


調理も体育も楽しく
はたまたクラスにいても
その頃は割りと好きになっていました。



数学の先生、体育の先生、国語の先生、担任でもある社会の先生、家庭科の先生、それぞれの授業にいくつも忘れられない思い出があります。
ほんとにほんとに良い先生でした。


残念ながら、
その高校は私の代で閉校してしまいました。
後輩はいないので少数の卒業式を迎えました。




最後の最後に、担任の先生は私達の前で初めて涙を見せていました。


先生たち、優秀でした。


どちらかというとつらかった学生生活でしたが
好きなことが増えた3年間でした。

あとは女子にとって、役立つ生活の知恵?ならぬものがたくさん学べたように思います。

栄養
保健
介護
保育
裁縫.....


おまけに社会への逆境も。笑




いじめや人間関係で悩みがある方いましたら少しは勇気づけれるかもしれません。
こういう経験を忘れず糧にしていきたいです。


今も女子社会のなか、頑張ります。